モーリー・ロバートソン氏 死去 63歳

国際ジャーナリストでタレントのモーリー・ロバートソンさんが1月29日、食道がんのため死去した。63歳だった。米国出身。葬儀は近親者で営んだ。所属事務所が1日、公式サイトやSNSで発表した。


米国や広島県などで育つ。東京大を中退後、米ハーバード大に入学し、電子音楽などを専攻。J―WAVEの「Across The View」などラジオ番組のパーソナリティーを務め、知的な語りで注目された。テレビ番組のコメンテーターなどもこなし、2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」では江戸幕府に開国を迫るペリーを演じた。著書に「よくひとりぼっちだった」など。

国際ジャーナリストでタレントのモーリー・ロバートソンさんが、食道がんのため1月29日午前に死去した。63歳だった。オフィスモーリー公式サイトなどで1日、発表された。


パートナーで女優の池田有希子(55)が同日夜、インスタグラムを更新。「昨年8月に食道癌の診断を受け、治療を開始しました。肝臓にも転移していましたが、体調の良い時期には外でお茶を飲んだりお散歩したりを日課に過ごしました」と25年8月に食道がんが発覚した時は、肝臓にも転移しており、わずか5カ月で亡くなったと明かした。


池田は「皆様へ。私のパートナー、モーリー・ロバートソンが亡くなりました。生前お世話になった皆様へ故人に代わり心より感謝申し上げます」と感謝の言葉をつづった。


その上で「昨年のクリスマスディナーと今年のおせち料理をじっくり味わいながら食べました。生まれて初めて朝ごはんを作って、私を稽古に送り出してくれました」と、モーリーさんとの近況を紹介。「上手に目玉焼きをお皿に移せるようになった頃、ぱったり食欲を失い、吐き気で水分補給も難しくなり再入院、積極的治療をせず緩和に移行しましょうと話し合った矢先の急変でした」と急姓だったと明かした。


モーリーさんの最後の瞬間も、克明につづった。


「私が病室に泊まり込むことにした初日の夜に急に息が荒くなりました。ずっと耳元で呼びかけながら、荒い息が静かな小さい呼吸になり、その間隔が徐々に開いていき、砂粒が手のひらからこぼれ落ちるように魂が肉体から離れてゆく最期の瞬間を見届けました。あっけなく、腹の立つほど儚い。」


池田は「それからは怒涛の忙しなさを家族と仲間に支えられながら、一つずつやるべきことをこなし、過ごしています。人生の大事な瞬間というのはいつもリハなしゲネプロなしのぶっつけ本番ですね。人生初の喪主という役割を、皆のサポートにたよりながら本番一発勝負でなんとか終えました」と葬儀を終えた心境をつづった。


さらに「今こうやって文章を書いていて、悲しさの波の中で少しずつ息継ぎをするタイミングを見つけられてる、ような気がする。冷蔵庫にモーリーの飲みかけのバヤリースを見つけた時、携帯のアルバムが自動でモーリーの元気だった頃の写真をおすすめして来る時、不意打ちの寂寥感に崩れそうになります。今までの自分の鈍感さが恥ずかしい」と寂しさも吐露。「悲嘆の浅瀬で分かったふりをしていた自分を張り倒したい。そういう意味では、私は役者でいることで助けられているのだな、この経験が無駄ではないのだから。もう前の自分には戻れない。恐怖と悲しみと厳かさと責任感と…色々な思いが束になって心が忙しい」と苦悩ものぞかせた。


そして「最後に、モーリーを手厚く診察治療してくださった広尾・日赤医療センターの先生方、医療従事者の皆様。モーリーが食欲のない時でも口にできた唯一の食べ物、ガリガリ君。モーリーに生きる希望を与えてくれた全ての人、もの、音、光に、感謝を」と、モーリーさんが最後まで食べたガリガリ君にも感謝。「私の最愛の人でした。モーリーといた20年間、幸せでした。心からありがとう。池田有希子」と、モーリーさんへの感謝の思いをつづった。

その節はお世話になりました。

THE MUNEO HOUSE AI Abenomix

本日YouTube及びニコニコに投稿された動画。安倍晋三元首相の声を使って「muneo house」(1st-03)をカバーしています。AI対応DAW「Ace Studio」を利用されたそうです。

音MAD前史中間報告 ~2ちゃんねる時代の音MAD~@ニュトーイ|note

はじめに

 今年4月にYoutuberぐんぴぃ氏のチャンネルで投稿された動画「音MADの歴史を専門家と紐解く!!」は、衝撃的な出来事として多くの音MADファンの心に残ったことだろう。これは音MADの歴史を深く知ろうとする人々の心に火をつける起爆剤となり、筆者もその一人である。過去に音MADのルーツについて著述していた経緯などから、ニコニコ動画以前の音MADに繋がる「音MAD前史」を探るためにDiscord鯖を立ち上げさせてもらった。各界の有志から頼もしい助力をいただいて、今まで知られていなかった発見が相次ぎ、実に刺激的な探求が進んだと思っている。今回は、その中間報告としてニコニコ動画登場の前夜にあたる「2ちゃんねる時代」、2000年代初頭から2006年頃までをテーマに、新たに更新された知見を報告していきたい。
音MAD前史中間報告 ~2ちゃんねる時代の音MAD~|ニュトーイ

という趣旨の投稿。テーマの都合上、だいたいどの節でもムネオハウスが言及されています。

備考

記事投稿日: 2026年1月16日

ユリイカ2025年11月号 特集=原口沙輔

木澤佐登志氏寄稿のテキスト内にて、今号が特集するアーティスト・原口沙輔氏が影響を受けたと公言している音MADについての説明冒頭で言及されていました。内容は2021年7月にKAIYOU-Premiumで同氏が公開したコラム「ミームという亡霊は、いかにして“壁”を越えるか 日本アニメの脱文脈化を辿る」と同様のものでした。

ここでもう少し廻り道をして、原口沙輔の音の特異性について別角度から考えてみたい。ヒントとなるのは音MADだ。たとえば原口は、ケンカイヨシとの対談インタビューの中で、音MADからの影響を公言している。


(インタビュー引用部略)



音MADとは、ニコニコ動画などで公開されている、オーディオや音楽コンテンツを切り貼りして作られた映像作品、二次創作の一種を指す。


管見の限りでは、日本における音MADの始祖は、2002年頃に流行した「ムネオハウス」、あるいは2004年頃に流行した「オンドゥル・シリーズ」まで遡ることができる。サンプリング・ミュージックやナードコアの系譜を受け継ぐ形で、これら「既存の曲に素材の音を重ねてリズムに乗せる」タイプのMAD作品が現れ始めたと考えられる。


(後略)
木澤佐登志 「さようなら、すべての沙輔氏 原口沙輔の「感覚の論理」と「表現」」 『ユリイカ2025年11月号』 (青土社 2025) pp.100-101


当ページで把握している範囲では、ユリイカ誌上でのムネオハウスについての言及は2008年12月増刊号での初音ミク特集のとき以来、およそ17年ぶりになります。

備考

記事投稿日: 2025年12月1日

"MUNEO HOUSE"を強調してみたら、"Tears"みたいな曲になったのは偶然かな?

本日YouTubeに投稿されたショート動画。現在話題の生成AIのSoraに楽曲「muneo house」(1st-03)を投げ込んで生成させたもののようです。

ムネオハウス by 🐡BalloonFish | Suno

本日、上掲DTM板のスレに投稿されていた楽曲。楽曲生成AIのSunoに「muneo house」(1st-03)の歌詞を投げ込んで作らせていました。

終止符 ~ Shu-shi-fu

本日、YouTubeでogane氏が公開。「2025/7月の参院選結果を受け引退宣言をした鈴木宗男氏にインスパイアされて、平成時代に流行ったムネオハウス的なのを作りました。」とのこと。