KAI-YOU Premium コラム「ミームという亡霊は、いかにして“壁”を越えるか 日本アニメの脱文脈化を辿る」

本日配信された文筆家・木澤佐登志氏寄稿の有料コラム。第7節内、音MADについての解説の冒頭で始祖の一つとして名前が挙がっていました。

日本語圏のMAD文化と英語圏のYTPMVとの相互干渉

さて、ここまで読んできた読者諸氏は、次のような疑問を抱くのではないだろうか。すなわち、海外のアニメファンは確かに脱文脈的なアニメ視聴のあり方を発明したのかもしれない、しかし日本にもたとえばMAD文化のような脱構築的/脱文脈的なアニメ消費のあり方が存在しているのではないか、と。


たしかにその通りである。この記事では、歴史も系譜もそれぞれ異なるMAD文化とAMV文化を比較分析することは、紙幅的にも筆者の力量的にも避けたほうが無難であると判断した(それに、日本のMAD文化の歴史については既に詳細かつ有益な記事がいくつも書かれている)。


ただ、たとえばアニメの会話場面などを切り貼りする「ネタ系MAD」などは、あくまで物語の脱構築にとどまり(その意味では物語やパロールといった「文脈」をいまだ前提としている)、AMVのような全的解体までには至っていないように思われる。AMVにより近いのは、いわゆる音MADと呼ばれるジャンルであろう。よって、以下では音MADについて私見をいくつか書き留めておくことにする。


日本における音MADの始祖としては、2002年頃に流行した「ムネオハウス」※6、あるいは2004年頃に流行した「オンドゥル・シリーズ」などが挙げられる。サンプリング・ミュージックやナードコアの系譜を受け継ぐ形で、これら「既存の曲に素材の音を重ねてリズムに乗せる」タイプのMAD作品が現れ始めたと考えられる※7。


他方で、音MADの発展を語る上で避けて通れないのが、英語圏の音MADに当たるジャンル・YTPMV(YouTube Poop Music Video)の存在である。


(後略)

木澤佐登志 「ミームという亡霊は、いかにして“壁”を越えるか 日本アニメの脱文脈化を辿る」 (KAI-YOU Premium)

※6、※7として参照されたのは以下のニコニコのブロマガ。

この辺の記述に引っ張られたおかげで「ムネオハウス」の名前が出てきた格好です。また、この他のYTPMVの歴史を解説する部分等についても以下のニコニコ大百科まとめwikiの記述を参考に、というよりはほぼそのまま引用されているように見受けられました。

追記 (2021/10/08)

ニコニコユーザーブロマガは2021年10月7日をもって終了したため、リンク先をInternet Archiveに変更しました。