JASPMニュースレター108号

日本ポピュラー音楽学会が3月26日に関西大学千里山キャンパスで開催した2016年の第1回関西地区例会で行われた、岡田正樹氏の博士論文発表の様子が報告されていました。

2.「ウェブにおける音楽と賑わい——1990年代〜2000年代初頭の日本の事例を中心に」
岡田正樹(大阪市立大学大学院)

第二報告も、博士論文として審査を通過し、公表されたものをもとに行われた。

岡田氏は、「日本でのインターネット黎明期にあたる1990年代から2000年代前半の時期」に「不特定のユーザーが集う音楽実践の場」としてインターネットがいかに期待され使用されたか、また、「インターネット上にいかなる形で賑わい(傍線引用者)が生み出された(生み出されなかったか)を明らかにする」ことを研究の目的とする。

岡田氏はインターネット文化論が新しい事例に注目する傾向があるとし、その前の「近過去」、要するに「常時接続ネットワークの定着」以前の時期に焦点をあてる。

この時期を扱うときに岡田氏は「賑わいという点に着目」する。「人が集まって盛り上がること」はネットワーク文化のキーテーマであり、それは「“音楽を生み出す都市としてのバーチャル空間の台頭”という都市文化論」の検討につながる。しかしながら、「賑わいという概念自体の検討」は研究の目的ではない、とする

以上の研究のため、調査には「(当時の)ウェブ・サイトの再構成」や「ウェブ・アーカイブ」を利用している。なお、ウェブの可視化性の高さを重要視し、当事者への聞き取りは行っていない。

本論で、岡田氏は、「批判的サイバーシティ論」として、◇インターネットと都市をめぐる議論、◇ネットと「ウェブ」、◇インターネットのテレビ化、◇インターネットの可能性を残す、◇デジタルシティ、◇データ・シティ、◇データ・ダンディ、を挙げ、90年代後半にインターネットがどのようなメディアとして捉えられ、議論され、「どのような形で都市性が見いだされた(期待された)のか」を問いかける。この「都市性」は岡田氏が最初に提示した「賑わい」に深く関係するものと思われる。

以上の◇の項目を逐一説明するには紙幅が足りないので割愛するが、岡田氏は、当時のインターネットによるサイバーシティ論には、「楽観論」「悲観論」が存在するだけでなく、そういう善悪二元論を越え、インターネットになにができるかを「先回りして確保しておくという構想」もあり、「(インターネットの)多様な使い方を保持するための思想的・実践的な試みが、黎明期の時点で行われていた」としている。

具体的事例として、上記の「デジタル・シティ」や「データ・ダンディ」などの「資本や国家とは異なる主体」が「仮想の地勢、都市空間」を使用する試みを取り上げる。

別の事例として、岡田氏は「インターネット博覧会」をあげる。それは、「インターネット上に都市空間を構築」し、「賑わいと同様の状況を創出しようと試みた」政策であり、小渕内閣時代に堺屋太一経済企画庁長官(当時)の主導で企画された「博覧会」であり、「インパク」(IT時代の万博)とも呼ばれた。堺屋には1970年の大阪万博での成功体験があり、万博をサイバースペース上で再現しようとする意図があった。「インパク」には、◇オンライン博覧会という形式、◇テーマソング構想、◇展示、などに特色が見られたが、テーマソングは作られず、別の形で音楽が利用されたという。

ここにも、岡田氏の用いる「賑わい」をインターネット上で創りだそうとする意図が見えるが、「インパク」の思想と実際にインターネット上に展示されていたパビリオンの間にズレがあり、不評に終わる。しかし、「インパク」は「インターネットが特殊なメディア空間から、日常生活に結びついたメディアとして捉えられるようになっていく過程」ではあった。

ムネオハウス」は、2002年の鈴木宗男事件を端に発した「2ちゃんねる」での音楽実践を指す。不特定多数かつ匿名のユーザーによるインターネット上の「賑わい」は、近過去におけるサイバースペースの都市性の構築の一例となる。

「動画サイト」は、2005年以降のブロードバンドの普及に伴う動画系サービスを利用した「賑わい」を取り上げ、インターネット上に散らばる孤立した個々の情報ではなく、「動画共有サービスが生み出す文化や集り」に焦点をあてている。なお、以上のような「インターネット上での賑わい」は、現実の世界での「都市の賑わい」とは区別されるべきであると岡田氏は主張している。

最初にも触れたが、インターネット文化を「現在」または「現在進行形」として語るのではなく、その「過去の事象の内実、事象の成立の過程」を記述するのが岡田氏の研究の特徴である。

メディアとして、インターネットの歴史は長いとはいえないが、「常時接続ネットワーク以前、ソーシャルメディア台頭以前のインターネット上の音楽と賑わい」を再検討し、ネットワーク上に都市を再構築することの社会的歴史的な意味や意義について掘り下げることは、現在そして未来のネット空間のあり方について多くの示唆を与えてくれよう。

フロアからは、「賑わい」というキーワードに関する質問や、大手企業が始めた「SNSの「走り」」ともいえるNIFTY-Serveへの評価などの質問が出された。
NL108(改訂) (2016年7月)

備考

記事投稿日: 2018年4月22日

こちらの報告に「調査には「(当時の)ウェブ・サイトの再構成」や「ウェブ・アーカイブ」を利用している。なお、ウェブの可視化性の高さを重要視し、当事者への聞き取りは行っていない。」の一文があったおかげで、インタビュー依頼が棚上げになっていた件の理由が分かり、当事者的にはスッキリしました。