廃墟で歌う天使―ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』を読み直す

遠藤薫先生の書籍。その内容のため読者からは"初音ミク本"とも認識されている本書ですが、第五章第一節「<初音ミクの自己増殖>--機会的複製技術を超えて」の中で名前だけ登場していました。後半部の説明の方が重要なので長めに引用します。

インターネット・ファッドとミーム

そして「ミーム」のような現れは、ネット上では数多くみることができる。先にも述べたように、ネット上で頻繁に観察されるインターネット・ファッド(インターネット上の爆発的・連鎖的流行現象)などがこれにあたる。
最近の世界レベルでのインターネット・ファッドの例としては、「Call Me Maybe」や「PSY - GANGNAM STYLE」というミュージックビデオの大流行がある。前者はカーリー・レイ・ジェプソンというカナダの新人歌手のもので、2012年3月1日にYouTubeにアップされたが、約1年後の2013年3月3日現在、416,921,669回という驚異的アクセス数を記録している。韓国の歌手であるサイ(PSY)のミュージック・ビデオである後者に至っては、2012年7月15日にYouTubeにアップされ、約8ヶ月後の2013年3月3日時点で、1,375,365,713回というまさに天文学的アクセス数を記録している。ここまでの数字を記録した要因のひとつとして、この2つのビデオをもとにした再生産作品がユーザーの間で大流行したことが挙げられる。一例としては、「Call Me Maybe」と「GANGNAM STYLE」から作られた「Carly Rae Jepsen vs. PSY - Call Me Gangnam」というコンテンツがある。これは、もともと実写映像であるサイの「GANGNAM STYLE」の1シーンをイラスト化し、そこにカーリー・レイ・ジェプソンのキャラクターをイラスト化した画像をはめ込み、「Call Me Maybe」と「PSY - GANGNAM STYLE」という2つの曲を重ねてミックスを施した楽曲を流すものである。このマッシュアップ作品は、xaerosevenというユーザーによって作られ、2012年9月8日にYouTubeに公開され、2013年3月4日時点で1,293,929回というかなりのアクセス数を記録している。この2つのビデオのマッシュアップ作品はこれ以外にも無数にある。

また、日本のインターネット・ファッドの事例も、「ムネオハウス」や「マイアヒフラッシュ」など、枚挙にいとまがない。*6

これらについては、いくつかの共通した構造が観察される。

第一に、それらは作品自体としては、芸術的あるいは技術的に優れたものであるとは必ずしもいえず、むしろ「ノリ」で作られ、それがオーディエンスの「ツボ」にはまった、といったほうが的確であると思われるような特性を持っていること。

第二に、それらの作品が単体として人気を獲得し享受されるだけでなく、むしろ、それらを「ネタ」としてオーディエンスが新たに創りだした作品(UGC = User Generated Contents)が次々と生まれ、ネット上にアップされ、それをまた多くのオーディエンスが享受し、・・・・・・という二(N)次創作のフィードバック・ループを構成することにより、通常の意味の「**の流行」というより、「**を核としたUGCの爆発的生成現象」とでもいうべきものを発現するということである。

ちなみに、前述の"Call Me Maybe"をYouTubeで検索すると、2013年3月3日時点で、「約879,000件の検索結果」、"Style"で検索すると「約3,380,000件の検索結果」がカウントされる。このすべてではないにせよ、これに近い数のUGCが創られている可能性があるということである。

その意味で、完成度の高さよりも、「スキ」があるほうがネタになりやすい。マクルーハンがメディア論で展開した「ホット」(完成度が高く、オーディエンスは享受するのみ)、「クール」(完成度が低く、オーディエンスのコミットメントを誘う)の理論がここで当てはまる。

こうした二(N)次創作的UGCの作り方には、いくつかの基本操作があり、それを単独もしくは組み合わせて適用することによって、簡単に生み出すことができる。

代表的な基本操作には、

  1. DIY」やってみた系 (元ネタを自分がパフォーマンスする、あるいは別のキャラクターにパフォーマンスさせる)。
  2. 「リミックス (Remix)」 複数の楽曲を編集して新しい楽曲をつくる。
  3. マッシュアップ (Mashup)」 他のコンテンツと混交させる。
  4. 「パロディ (Parody)」 もとのコンテンツの意味を変えてしまう。

などがあり、これらを複数組み合わせて適用することが多い。

このような二(N)次創作UGCの作られ方を一般化すると、図5-2のようになる。すなわち、何らかのコンテンツの二(N)次創作を試みる場合、元のコンテンツのいくつかの要素を、他の要素と結びつけ、先に挙げたような基本操作のいくつかを適用すると新たな二(N)次コンテンツができるのである。

しかも、こうしたコンテンツに、さらに同様の操作を適用することで、プラス1次のコンテンツが次々と生み出されていく。このダイナミズムは形式的には図5-1のノイマンの自己再製メカニズムと同じである。つまり、あるコンテンツを生命体の個体であると見立て、その遺伝子が各要素の構成体であると考えれば、二(N)次創作されていくコンテンツ群は、相互に交配することによって次世代、次次世代を再生産(Self-reproduction)していく生命体の集合と相似的である。つまり、コンテンツの二(N)次創作のダイナミズムは、実は、生命体の自己再製(Self-reproduction)と同じメカニズムに則っているといえる。

遠藤薫 「生殖する<初音ミク>」 『廃墟で歌う天使―ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』を読み直す 』 (現代書館 2013) pp.127-130

脚注6については

*6. 詳細は「メタ複製技術時代におけるアウラの所在: <情報>としての芸術、その価値とは何か?」(2004) (『メタ複製技術時代の文化と政治 (社会変動をどうとらえるか 2) 』所収)など参照。

とだけ。

備考

記事公開日: 2016年10月2日