new_muneo01〜new_muneo04のタイトルと作者が判明

切っ掛けはこちらのTwitterの書込み。


この「MUNEO SUZUKI」がフィーチャーされた曲とは何であろうかとMy Spaceの試聴で確認したところ、ともっち氏が管理人をしている「鈴木宗男さんを応援しよう!【非公式サイト】」でかつて公開されていたものと全く同じ曲だったというわけです。「LUV北海道」がnew muneo02又はnew muneo04、「再起動」がnew muneo01又はnew muneo03に対応していました。これでタイトルが判明。
そして作者もこのMy SpaceのページとTwitterアカウントの持ち主・Dr.mohこと中小路マサミ氏と分かりました。氏のページをWaybackMachineで遡ると、2004年8月のキャッシュに初めてこの曲の記述が出てくるので、初出はこの頃だったと思われます。

近作品リスト
-音 楽-
鈴木宗男事務所公認イメージソング!」
「再起働」Dr.moh feat.MUNEO SUZUKI/作曲 Dr.moh
LUV北海道」Dr.moh feat.MUNEO SUZUKI/作曲 Dr.moh
♪WELCOME! Dr.moh's HOME PAGE♪ (2004年8月30日付 WebArichveキャッシュ)

鈴木宗男事務所公認」となんかとんでもないことが書かれているような気がしますが、確かめようが無いので留保します。多分本当なんでしょうけど。
で、この中小路マサミ氏、立派なキャリアをお持ちの音楽製作のプロの方でした。以下は所属事務所による経歴紹介。

経歴

テレビやラジオそして各種イベント等々で活躍した「スキップ楽団」2代目歌のおにいさん「もぐらおにいさん」がきっかけで歌手デビュー。デビューまでの過程に初代歌のおにいさんで恩師「矢野あきら(YANOMAN)」氏にローディーで採用された逸話がある。

声楽は「大江千里」氏も手掛けた「新田英開」氏に師事、後に「紙ふうせん」の「後藤悦治郎」氏にも指導を受ける。

当時のステージ数は年間300ステージ以上で「音楽会」と題した「子供向けライヴ」で訪問したのは全国津々浦々で関西を中心に北は北海道から南は九州までの保育園、幼稚園、小学校、公民館、市民会館、イベント会場、デパート店頭、催し物会場!そして野球場から何と!大阪城ホールまで!!

「スキップ楽団」脱退後はその経験を活かし数々のバンドでライヴハウスを中心に活動し「DRAG-ON」の「乱暴者」で1997年メジャー再デビュー。

「DRAG-ON」脱退後スーパーミクスチャーコアバンド「MxExR」で1999年レーベル「m@HATE」を設立しCDリリース。

2000年より「Dr.moh」として関東から全国にかけクラブサーキットを展開開始、同時に「楽曲提供」を「映画」「CM」「TV番組」「ラジオ番組」等々に広げ現在は「音響効果」までもするマルチぶりを発揮!!

とくに「放送業界」では「どんな音でも作れる男」として評判を得る!!
2006年からは「Dr.moh」でイタリアのクラブにゲスト出演しヨーロッパを視野にした精力的な活動を開始!

2007年4月ソロ初となるTV番組タイアップ(子供想像教育バラエティー番組)のCDを「中小路マサミ」でリリース!!
WA HP Masami Nakakoji

以前から何の根拠も無く、出来が良い曲のが幾つかあるというだけで「プロが参加している」と言われていた(吹聴する人がいた)ムネオハウスでしたが、この二曲については事実という事で良いようです。
一体プロの方がどういう経緯で鈴木宗男サンプリングな楽曲を作る事になったのか(事務所から直で依頼されたのか、ともっち氏経由だったのか、勝手に自分で作ったものが後から公認されたのか)、ちゃんとギャラが発生していたのかどうか等、色々と気になるところではあります。

補足

鈴木宗男さんを応援しよう!【非公式サイト】」で公開されていたこれらの楽曲については、スレッドには持ち込まれず関連ページでも取り上げられる事はありませんでした。これには、公開時期には既にムネオハウススレッドは廃れて情報収集力を失っていたことや、ともっち氏のサイト自体が鈴木宗男氏を本当に応援する意図で運営されているため、2002年当時からあまり好意的に受け取られていなかったこと等が理由として挙げられます。
そのためこの曲の存在はほとんど知られていません。